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書籍「3年でプロになれる脚本術」の「はじめに」を掲載します

Dec 16, 2016

CATEGORY : 脚本

※出版社の了解を得ましたので、「3年でプロになれる脚本術」の「はじめに」を掲載します。購入を検討されている方は参考にしてください。

 自転車に乗れる人が、乗れない人に自転車に乗る方法を教えるのはとても難しいことです。乗れる人は、自転車にまたがって前に進もうと思ってペダルを漕ぐだけで済みます。すでにその人の中で自転車に乗るということが無意識化されてしまっているからです。その状態をいざ言葉にして説明しろと言われても、すごく難しいことです。
 あるいは、人が自転車に乗っている状態を機械で計測して、「ペダルに体重を何%かけている」「身体を何度傾けている」というふうに数値化したとします。そのデータを自転車に乗れない人に提供すれば、乗れるようになるでしょうか。もちろんなりません。そんなデータは結果に過ぎません。自転車に乗っている人は「身体を何度傾けて」などということを意識してやっているわけではないのです。
 なぜこんな例え話をしているかというと、脚本の書き方を人に教えるときに、これらとよく似た問題が起こるからです。
 そもそも、脚本を人に教えることは可能なのでしょうか。その答えは半分イエスで半分ノーというところでしょうか。「登場人物がいてストーリーらしきものがあって、決められた枚数の中で一定の内容が描かれ、それを読めば何が書いてあるかは理解出来る」という、脚本の形をしたものを書けるようになることを仮に「第一段階」とします。ここまでは教えることが出来るし、学ぶ方も比較的容易に修得が可能です。しかしこの第一段階まで出来るようになったとしてもプロにはなれません。問題はそこから先の「第二段階」です。プロの脚本家になるには、読む人に「面白い」と思わせ、引き込み、感動させ、共感させるような作品が書けるようになることが必要です。それが難しいのです。教えることも難しいし、学ぶ方も難しい。
 僕は脚本の教室で十年以上教えていますが、世の中に色々な学校や教室がある中で、脚本の教室ほどプロを輩出することが難しいところはないのではないかと思います。それは教室の教え方がまずいからではなく、生徒が不真面目だからでもありません。それだけ脚本を修得するのが難しく、困難な道だということです。プロの脚本家がF1ドライバーだとすると、さっき言った第一段階はせいぜい運転免許が取れたくらいの位置でしょう。運転免許を取ってからF1ドライバーになるまでは、相当な距離があります。脚本を学ぶ人は、その距離を踏破しなければいけないのです。
 この本は、2013年から書いていたブログ(http://ozakimasaya.jp/blog/)に大幅に加筆し、再構成したものです。このブログは、教室で生徒に教えたり自分がプロとして仕事する中で、その都度思いついたことを気軽に書いたものです。脚本の書き方や勉強法を体系的に書いたものではありません。ブログを読んだ仕事関係の人からは「あれを本にしたら?」と何度か言われたのですが、あまりそういう気になれませんでした。他にも脚本の書き方を書いた本はたくさん出ているし、どの本もそれなりにちゃんとしたことを書いているし、自分のブログをまとめたからと言って、それらの本を超えるものになりそうな気がしなかったのです。
 しかしその一方で、世に出ている脚本指南の本を読んで不満に思うこともあります。正しいことが書かれている割には、これらを読んで脚本が書けるようになる感じがあまりしないということです。それはなぜなのだろうと考えるうち、あることに気づきました。それはこういうことです。自転車の構造をいくら説明されても自転車に乗れるようにはなりません。またさっき書いたように、自転車に乗っている人が身体を何度傾けているというようなデータをいくら聞いても自転車には乗れません。にもかかわらず多くの脚本指南の本は、自転車の構造や、自転車に乗っている状態をデータ化したものを書いているに過ぎないのではないか? そんな気がしたのです(ただしこれは百かゼロかという話ではありません。脚本の書き方は、自転車の構造の話と自転車に乗る方法ほど単純に分離が出来ないところにも厄介さがあります)。
 従って、今回正式にブログを本にしないかというお話をいただいたとき、目指すべことは明らかでした。自転車の構造説明や、自転車に乗っている人のデータに当たるようなことを書くだけでなく、本当に脚本を書けるようになる方法や具体的な勉強法を書いた本に出来るかどうかということです。それが出来れば、脚本に限らずクリエイティブ全般、さらには人生において何かの目標を達成しようとするときにも役立つような本になるのではないかと思いました。
 以上のようなことから、本書では先に述べた「第一段階」のことはあまり書きません。その点について書いた本はたくさん出ていますので、そちらを読んでください。

 脚本を書く仕事は実に楽しい仕事です。好きなことをしてお金を貰える、まさに趣味と仕事の一致です。この本を読んで、一歩でもこの世界に近づける人が出て来ることを願っています。

[尾崎将也 公式ブログ 2016年12月16日]

告知が2件です

Dec 15, 2016

CATEGORY : 映画

★映画監督作「世界は今日から君のもの」17年公開

 監督した映画「世界は今日から君のもの」が17年に公開されることになりなした。
[監督・脚本]尾崎将也
[出演]門脇麦、三浦貴大、比留川游、マキタスポーツ、駒木根隆介、YOU他
[音楽]川井憲次
[プロデューサー]三宅はるえ
[撮影]福本淳
「照明」市川徳充

 引きこもりの女の子が主人公のコメディです。門脇麦さんとは、14年に「ブラック・プレジデント」で初めて仕事をして、それ以来彼女を主演に映画を撮りたいと思うようになりました。それが実現したのがこの作品です。

 門脇麦さんのコメント(記事より)「ドラマでの出会いがこうして今作へ繋がったことがまず何より嬉しいですし、尾崎さんとの出会いに感謝しています。尾崎さんが描く役を演じていると、いつもその子を抱きしめてあげたくなるような、守ってあげたくなるような気持ちになります。真実ちゃんにもそんな気持ちを抱きながら、尾崎さんの物語の中の真実ちゃんが、そのまま画面に映っていますようにと、願いながら向き合いました」

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★書籍「3年でプロになれる脚本術」(河出書房新社)刊行

 このブログに書いていたことに、大幅に加筆して再構成したものです。他の脚本指南本とは違って、脚本の勉強とは、何を、どんなふうにやればよいかということを抽象論や精神論ではなく、具体的に書いたものになりました。たぶん他のどの本にも書いていないようなことが書かれていると思います。

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[尾崎将也公式ブログ 2016年12月15日]

セリフに関する注意点

Sep 23, 2016

CATEGORY : 脚本

 前にト書きについて書いたので、今回はセリフについて書きます。かなり初心者向けの内容です。

 脚本を書く作業の中で、「セリフ」を書くことは当然大きなウエイトを占めるものです。そして難しいものです。「セリフは才能に負う部分が大きいので、教えることは出来ない」と言う人もいます。確かにそうなのでしょうが、そう言ってしまうと脚本を書くこと全てが「所詮、才能で決まる」ということになってしないます。「これから勉強することで何とかなるか」ということを、教える方も学ぶ方も考える必要があります。そして、少なくともあるレベルまでなら勉強で何とかなります。

 初心者がセリフを書くときに最初に直面する問題というと、どの人物のセリフも画一的で個性のないものになってしまうということでしょう。これはけっこう個人差があって、初めて書いてもそれなりにキャラを感じさせるこなれたセリフが書ける人もいれば、まるでロボットが喋っているような機械的で一本調子なセリフしか書けない人もいます。
 後者のようなセリフを読んだときに不思議に思うのは、「普段自分や周囲の人はそんなふうには喋っていないことにどうして気づかないのか」ということです。
 「どうすれば名セリフが書けるか」というような高度な話ではなく、「普通に人間が喋っていると感じられリアルさや、それぞれの個性が感じられるようなセリフ」はどうしたら書けるのでしょうか。
 まず第一には、普段の生活の中で、自分や周囲の人が喋っている言葉に敏感になり、よく聞くことです。前に脚本を書くには人間に興味を持っている必要があると書きましたが、人間に興味を持つということは、当然人間が喋る言葉にも興味を持っていることになるはずです。生活の中であったことを色々と思い返せば、「あの人の話し方の特徴はこうだな」とか「あの言い方は面白かったな」などということが出て来るでしょう。

 映画を分析する中にも、セリフに関することは当然含まれます。面白いセリフ、うまいセリフにぶつかれば、「あのセリフは面白かった。その理由はこうだ」とあ「あのセリフには、人物の気持ちやキャラを表現するためにこんな工夫がされている」などということをよく考えて、それを積み重ねて行くことです。

 それ以外にセリフの勉強になることとして、落語を聞くことがあると思います。落語は一人の人が、色々な人物を演じ分けます。そのときにいちいち「次に誰それが言いました」などとは言いません。それでもどの人物が喋っているかわかります。それぞれの人物をどう演じ分けているか、キャラの特徴をどのように捉えているかなど、非常に参考になります。

 教室などで、「よくないセリフ」と言われることが多いのは、「説明セリフ」と「長いセリフ」です。
 説明セリフが全面的にダメということはありません。セリフの中に説明の要素は多かれ少なかれ入ってくるものです。刑事ドラマの捜査会議で事件の状況を話すセリフはまさに説明です。またミステリーのクライマックスで探偵や刑事が推理を述べるのも説明です。ドラマを見ている人が、「その説明を聞きたい」と思うシーンなら問題ないのです。
 一方、普通の会話の中に「いかにも説明」という感じのセリフが入ると、見る人が白けてしまいます。それを「説明っぽく感じさせない」または「説明を人物の気持ちやキャラの表現に置き換える」ための工夫をすべきです。よく出来た映画を分析していれば、そのような例はいくらでも見つかるはずです。
 長いセリフも、それ自体が悪いなどということはありません。名作の中には、長ゼリフが観客を引き込み、感動させるということはいくらでもあります。初心者の長ゼリフのほとんどは、さっき述べた説明ゼリフが高じて長くなってしまうというケースでしょう。人物の気持ちを語っているつもりでも、実は「気持ちを説明しているだけ」という場合が多いです。
 セリフの長さの感覚については、名作を見るよりは、その脚本を実際に読むことでわかることが多いのではないかと思います。その方が、セリフの長さが目で見てわかるからです。プロが書いた脚本は、アマチュアが書いたものよりも短いセリフのやりとりが多いです。コンクールの審査などでアマチュアの作品を読んだとき、パッと見て「黒い」、つまりびっしりとセリフが書いてあると、「ああ、初心者だな」とわかります。長いセリフがダメというよりは、ちゃんと人と人の言葉のやりとりになっているということに着目することが大切です。

[尾崎将也 公式ブログ 2016年9月23日]

脚本家になる3つの道筋

Aug 02, 2016

CATEGORY : 脚本

 ツイッターのフォロワーの人から、原稿の「持ち込み」について質問があったので、今回は持ち込みも含めた、プロになる方法についてまとめてみたいと思います。プロになる道筋には、煎じ詰めると3つあります。「コンクール」「紹介」「持ち込み」です。以下、それぞれについて述べます。

「コンクール」
 コンクールについては、前に書いたものがありますので、そちらを読んでください。

「紹介」
 脚本家をしていると、知り合いのプロデューサーから「新人でいい人がいたら紹介してください」と言われることがあります。大抵は原作をプロットにまとめるような仕事をしてくれる人を求めているケースです。まれにシリーズものの一本を書いてくれる人を求めているような場合もあります。知っている教室の生徒などで紹介に足る実力のある人がいれば、または相手が求めている仕事内容に合っていそうな人がいれば、紹介するわけです。当然、いい加減な人を紹介して、全然使えなかったなどということになると自分の信用を落とすことになりますので、「この人なら大丈夫」と思える人しか紹介出来ません。

「持ち込み」
 マンガの世界では、持ち込みがシステムとして機能しているようですが、ドラマの世界では特にそのようなことはありません。しかし持ち込みが禁止されているわけでもありませんので、やろうと思う人がやるのは自由です。どのようにやるというルールがあるわけではありませんが、漠然とテレビ局宛てで原稿を送っても、見てもらえない気がします。誰かプロデューサー個人に宛てた方がよいでしょう。どの人に送るかは自分で決めることです。自分が好きなドラマを作った人とか、「この人と仕事したい」と思う人がよいでしょう。直接電話するのはあまり得策とは思えません。局に電話してもプロデューサーがいる確率は低いし、いたとしても相手は忙しいので見ず知らずの人から電話がかかって来ても迷惑がられるでしょう。やはり最初は郵便などで送る方がいいと思います。「自分はこういう者です。脚本を送らせていただくので、よろしければ読んでください」と丁寧な手紙をつけるのは当然です。もちろん自分の連絡先も書き添えます。このとき肝に銘じて欲しいのは、「読んで貰えたら儲けもの」というくらいの気持ちでいることです。知らない人から読んでくれと言われても、相手に読まなければいけない義理はありません。「そのうち読もう」と思ってそのままになってしまったとしても文句は言えないし、「読んだけど面白くなかったのでコンタクトは取らない」という結果になる可能性もあります。
 これらのことも踏まえると、持ち込みをするのは、ある程度のレベルのものが書けるようになってからがよいと思います。レベルの低い作品を読ませるのは相手にとって迷惑です。せめてどこかのコンクールで最終審査に残ったことがあるくらいの力がついてからにして欲しいものです。こんなことを書くのは、これを読んでたくさんの人が持ち込みをするようになり、知り合いのプロデューサーに「お前がブログにあんなことを書くから、ひどい作品がたくさん送られて来るようになって迷惑してる」と文句を言われるのではないかとちょっと不安になるからです。
 持ち込みに関して割と詳しく書きましたが、なぜかというと自分がかつてしたことがあるからです。フジテレビのヤングシナリオ大賞を受賞する前のことです。ある日、新聞の夕刊に「日本テレビで若者向けの深夜ドラマの枠が新しく出来た。この枠では新人脚本家の育成も目的としている」という記事があるのを読みました。僕はこの番組の担当者あてで、ダメ元で自分の作品を送ったのです。すると数日後にプロデューサーから電話がかかって来て、「作品を読んだが面白かった。一度会おう」と言われました。この後、その人と一緒にプロットを作ったものの、結果として仕事には結びつきませんでした。しかしこのプロデューサーとは親交が続き、プロになってから何度も仕事をすることになりました。だからダメ元で持ち込みをやってみるのが悪いことではないことを身をもって知っているのです。このプロデューサーは、たまたまこういったことにマメに対応してくれる人だったようですが、「これまで送られて来た作品を何度か読んだが、連絡しようという気になったのは初めて」と言っていました。

 脚本家に仕事を頼むのは、プロデューサーの仕事です。「コンクール」「紹介」「持ち込み」という3つの道筋は、最終的にはプロデューサーにつながります。プロデューサーに自分の作品を読んで貰って実力を知ってもらい、「この人と仕事したい」と思ってもらうことが目的なのです。
 あと、たまに脚本ではなくいきなり企画書を書いてプロデューサーに見てもらおうとする人がいますが、あまり意味があるとは思えません。仮にその企画書が面白くて採用になったとしても、アイデア料をいくらか貰うだけで、脚本は他のプロの脚本家が書くことになります。脚本の仕事を貰うには、あくまで脚本を読んで貰って実力を認めてもらうことが必要なのです。脚本を読んだことがないのに、企画書だけで「君に脚本を書いてもらおう」などということはありません。

[尾崎将也 公式ブログ 2016年8月2日]

ト書きはこれで大丈夫

May 01, 2016

CATEGORY : 脚本

ト書きの書き方について時々質問を受けるので、まとめて書いておこうと思います。初心者のうちは戸惑うことはあるものの、「ト書きとはこういうものだ」と一度わかってしまえば、あとはそう悩むほどのものではありません。プロの脚本家がト書きで悩んでいるという話は聞いたことがありません。「ここで主人公は立ち去るべきか、残るべきか」を悩むとしても、それはドラマの中身で悩んでいるのであって、ト書きの書き方で悩んでいるわけではありません。物語、キャラクター、セリフなどはプロでも常に苦心しており、その苦心が終わることはありませんが、ト書きで苦心するのは割と早い段階で終わるはずです。

ト書きは「歩いて来る」「座る」などの人の動きや「泣きながら」「笑顔で」などの表情、あとは「古い雑居ビルが建っている」とか「雨が激しく降っている」などその場の状況を、目に見えるものを具体的かつ簡潔に書くものです。こう書くとひどく簡単なようですが、初心者が犯しやすい間違いがいくつかあります。

生徒のト書きに関する間違いの原因は、大きくふたつあります。それは「時間を意識できないことによるもの」と「映像を意識できないことによるもの」です。
まずひとつめの「時間」に関すること。初心者に多い例として、人物が食卓に座って「いただきます」と食べ始めて、いくつかセリフのやりとりをしたところで「ごちそうさま」と食べ終わって席を立ってしまうようなケースがあります。これだと1分くらいで食べ終わったことになってしまいます。脚本を書くには、その行為や会話にどれくらいの時間がかかるかを常に意識する必要があるのです。この例の問題を解決するには、食べ始めからシーンを始めて食べている途中で終わる、食べている途中から始まって食べ終わるまでを描く、食べている途中から始まって途中で終わる、または食べている途中で時間経過させて食べ終わるところに飛ぶ、などの方法があります。
上の例はシーン全体に関わるようなケースですが、ト書き一行でも同じような問題が起こります。(先日ツィッターにも書きましたが)「レジで金を払う」と書くと一見5秒くらいで終わるような感じがしますが、実際は「財布を出す→レジに金を置く→店員が金を受け取り、釣りを出す→釣りを受け取り財布に入れる」などの一連の動きには30秒くらいはかかります。だからト書きに「レジで金を払う」とだけ書くと、その30秒間、ただ金を払うだけの描写を視聴者に見せるのか?ということになってしまいます。こういうことがわかっていれば、それを避けるために金を払う描写を省略するとか金を払いながらセリフのやりとりを続けるなどの方法を取ることが出来ます。
次に「映像を意識出来ない」ことで起こる問題です。以前、生徒が何の気なしに書いた「誰それが車にひかれる」というト書きを見てびっくりしたことがあります。この文は日本語としては特に問題ありませんが、脚本のト書きとしては大きな問題があります。ト書きをこう書くと、実際に人が車にひかれる残酷な描写を映像化するのか?そのためにスタントマンを使うのか?それともCGでやるのか?などということになってしまうのです。現実にはテレビドラマではそんなことはしません。普通は「太郎が道を渡る。一方から車が猛スピードで走って来る。それを見て顔が恐怖に歪む太郎」などと書いて、事故の瞬間は見せない形にします(これは一例であって、これが優れた描写ということではありません。また映画などでこのような残酷な描写をあえてする場合はあります)。つまりト書きは「こんな映像を撮ってね」と現場に指示する意味合いもあるのです。だから書く側はその映像を頭に思い浮かべた上で書く必要があります。
「時間を意識していない」「映像を意識していない」と書きましたが、ではこういうト書きを書く初心者が何を意識しているかと言えば「文字」だけです。しかしテレビドラマや映画の脚本は、最終的に俳優が演じたものを映像にするために書きます。常にその最終形を具体的に意識する必要があるのです。
「映像にする」と関わることでもうひとつ非常に大事なことは、ト書きは「目に見える具体的なことを書く」ということです。例えば「彼の心に愛情が沸き起こって来る」などと外から見えないことは書きません。こういう外から見えないことをどう表現するかを考えるのも脚本を書くということの重要な要素です。

あと生徒からよく聞かれるのは、「どのくらい詳しく書けばいいのか」ということです。これは「必要なだけ」としか言いようがありません。例えば散らかっている部屋をどの程度描写するかと言えば、「ひどく散らかっている部屋」だけでも問題ありませんが、「脱いだ服や食べた後のカップ麺の容器が散乱している」と書き加えてもいいでしょう。しかし「脱いだズボン、シャツ、下着、靴下などが......」とまで書くと、「そこまで書かなくていいよ」という感じがします。ただ、これがその人物の初登場のシーンで、いかにこの人が片付けられない性格かを強調したいということなら、絶対ダメとも言えません。というように別に絶対的な基準があるわけではないのです。

ではト書きをどのように勉強すればよいのでしょうか。僕はト書を意識的に勉強した記憶はありません。上記のような間違いがあればその都度指摘を受けて直して行けば、やがてはわかって来るものだと思います。あえて勉強したいということであれば、まず映像になったドラマなどを見て、このシーンのト書きはどう書かれているだろうと想像しながら自分なりに書いてみて、後で実際の脚本と比べてみるとよいのではないでしょうか。これをやるには脚本が月刊ドラマに掲載されるなどして入手出来るものである必要がありますが。

[尾崎将也 公式ブログ 2016年5月1日]

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