名作分析とカード作りはこうする
拙著「3年でプロになれる脚本術」にも詳しく書きましたし、教室の講義でも話していることですが、僕は生徒時代、面白い映画を見て「どこがどう面白いか」「どんなテクニックやノウハウが使われているか」を分析して、一件一枚でカードを作りました。カードの数は全部で千何百枚かになりました。
ノートに書くのではなくカードにする意味は、後で分類できるということです。一本の映画を見て気づいたことを、その映画ごとにノートに書くと、セリフとか構成とか色々な分野の事柄が混在することになりますが、カードならセリフはセリフなどで後で分類できるので、「この映画のここで使われているのは、こっちの映画のこれと同じテクニックだな」などと気づきやすいのです。
別に決まったやり方はありませんので、自分なりに工夫してやってくださいという感じなのですが、ときどき教室の生徒やフォロワーの人から、具体的にどうするのかもっと教えて欲しいという質問を受けます。今回はそのへんについて書いてみます。
まずは映画を見ます。そして「どこにどんな工夫やテクニックがあるかな」と考えます。工夫やテクニックがどこにあるかと言うと「面白いところ」です。だから自分が面白いと感じたところを思い出して、そこはどうして面白いのかなと考えればいいのです。そして「こういう工夫をしている。だから面白いんだ」と気づけば、それをカードに書くわけです。このとき、それがどんな分野(セリフかキャラクターかストーリーか、など)かも合わせて考え、書き込みます。例えばこんな感じです。
[セリフ](※分類)
「近松物語」
茂兵衛のことが好きなお玉。茂兵衛の仕事を手伝う。
茂兵衛「職人の女房にでもなる気か」
お玉、泣き出す。
(※具体的にどの作品のどんなシーン、または描写か)
何気ないセリフで相手の気持ちを意図せず言い当ててしまう
(※そこで使われている手法、またはそこから読み解けることなど)
これは溝口健二監督の「近松物語」のワンシーンです。主人公の職人・茂兵衛(長谷川一夫)に密かに恋するお玉(南田洋子)という娘が、茂兵衛の仕事を手伝おうとします。茂兵衛はお玉に特別な感情はないので、「俺の仕事を手伝うなんて、職人の嫁にでもなりたいのか?」という意味でこのセリフを冗談として言います。お玉は図星を指されて動揺するのです。僕はここを見て「うまいな」と思いました。説明的でなく、男に冗談で意図せずに図星を指されたときの娘の気持ちもよく伝わり、今はその気持ちを隠そうとしている感じもよくわかるのです。またこのお玉の恋心が後にストーリーを動かす重要な要素となるので、ここはドラマ上、大切なところでもあります。
これを凡庸にやった場合を想像してみましょう。お玉が友人に「私、茂兵衛さんのことが好きなの。でも彼って全然私の気持ちをわかってくれないのよね」などと言うことになるでしょう。これではただの説明でしかなく、気持ちがビビッドに伝わるようなことはありません。ただ「情報」が伝わっただけです。生徒は(またはプロでもときには)この凡庸なパターンを書いてしまい、「好きっていう気持ちを表現してるつもりなのに、どうして『面白い』と言われないのかな」と悩みます。
後者のような状態を解消するためには、上記の「近松物語」のような例を見て、「なるほどうまいな。自分は、まだこういうことが出来ていない」と自覚することが必要です。そして自分もそういうことが出来る状態を目指す。そのためにカード作りをするのです。
ただ、一枚カードを書いたからてきめんに効果が現れるというものではありません。効果が現れる、つまり「面白い」と言われるものが書けるようになるには、それなりの積み重ねが必要でしょう。数を積み重ねることで、「記憶の集合体」ではなく、まとまりのある「能力」になるのです。
分類は自分なりに考えればいいでしょう。ちなみに僕は「セリフ」「ストーリー」「構成」「キャラクター」「心理描写」「恋愛心理」「発想」「小道具」「サスペンス」「増幅」などと分けました。「恋愛心理」をあえて「心理描写」と別にしているのは、それだけ難しいことであり、うまくなりたいという思いがあったからでしょう。
例えば上の「近松物語」の例は、セリフであり、心理描写や恋愛心理にも該当するわけですが、そこはさほど気にしませんでした。どうしても気になるなら同じものを複数書いて、それぞれに入れればよいでしょう。
「増幅」って何?と思う人もいるでしょうが、これは重要な話なので別の機会に詳しく書きます。
「分析しようとしてもなかなかカードに書くようなことが思うつかない」という人がいますが、これは初心者なら普通のことです。面白い作品をたくさん見て、「考える」という行為を繰り返していると、少しずつわかるようになります。慣れれば、面白い映画を見て20枚とか30枚のカードが書けるようになりますが、最初の頃は3枚しか書けないということでもいいのです。数を重ねるほど、「この映画のここは、あの映画のあれと似てるな」というようなことが見えてくるはずです。また自分が実際に作品を書いて、どうしたらうまく行くだろうと悩んでいることが、面白い作品を見て「あっ、自分がうまく行かないことをここではうまくやってるじゃないか」などと気づくことにつながるのです。
ただ、難しいのは、上にも書いたようにすぐに効果が見えるようなことではないということです。いつ効果が出るかわからないことを地道に続けることが出来るかどうかが、この勉強法の一番難しいところかもしれません。しかしどんな分野であれ、大きなことを修得するための苦労というのは同じようなものではないでしょうか。
[告知です]
映画「世界は今日から君のもの」
監督・脚本:尾崎将也 / 音楽・川井憲次 / 主題歌・藤原さくら「1995」
出演:門脇麦 三浦貴大 比留川游 マキタスポーツ YOUほか
7月15日(土)から渋谷シネパレスほかで全国公開
予告編
[尾崎将也 公式ブログ 2017年7月3日]