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人物が「反応的」だと面白くならない

Feb 14, 2019

CATEGORY : 脚本

 ストーリー作りは難しいものです。「こうすれば面白いストーリーが出来る」という簡単なコツなどありません。多くの生徒が、ストーリーがうまく作れず四苦八苦しており、その原因はひとつではありません。

 そんな中で、生徒の作品を読んでいて気づいたことがあります。「どうも面白くならず、盛り上がらないこの感じ、なんだろう」と考えるうちに、「反応的」という言葉が浮かんで来たのです。生徒が考えるストーリーには人物の反応的な行動が多いのです。

 反応的というのは普段はあまり使わない言葉ですが、「主体的」の逆の意味です。ネットで調べると「主体性を発揮しようとしないで、起こったこと、さまざまな刺激、問題、事件、出来事に対し、そのまま感情的に反応してしまうこと」とあります。
 脚本の勉強を始めると、「ドラマの主人公は能動的に行動しなければならない。受け身なだけではダメ」ということを聞くと思います。それを意識して人物に行動させようとしている人も多いでしょう。それでもなかなか面白いものにはならない原因のひとつが、「行動が反応的」だからです。

 「人物が反応的」とは具体的にどういうことでしょうか。例えば風邪で熱が出たとき、病院に行くのは普通のことです。しかし僕は、この病院に行くという行為がドラマの中では反応的な行動という感じがするのです。病院に行くのは確かに「行動」であり、「病気を治そう」という自分の意思で行うことです。「人物は行動しなくてはいけないという条件をちゃんと満たしているではないか」と言われるとその通りです。しかしあまりに普通のことなので、面白さや意外性を伴わず、その人物のキャラクター表現にもならないのです。逆に「熱があるのにやせ我慢して病院に行かない」という選択をした方が、何となく面白い感じがせんか? 病院に「行かない」というのは一見行動していないようですが、「つまらない意地を張る」という主体的な行動をしています。それは普通ではなく、その人物の性格や考えによる「固有」のものなのです。それが面白さにつながって行きます。

 ではドラマの人物は熱が出ても病院に行ってはいけないのか?というとそういうことではありません。もしかしたら病院に行って意外な人物との出会いがあったり、風邪の診察のつもりで行ったらがんが見つかったり、そこから面白いストーリーが展開するかもしれないからです。つまりその後の面白い展開を生み出すための「段取り」なら反応的な行動もありということです。
 しかし生徒が考えることは、反応的なことばかり連鎖してしまうことが多いです。例えば「夫が妻と喧嘩する」「夫は友人に相談する」「友人は妻にプレゼントしろとアドバイスする」「夫はプレゼントを買いに行く」この流れの中で夫のやっていることは全部反応的で、あまり面白くありません。もちろん絶対に面白くならないということではありません。セリフやキャラが面白かったり、心の機微が繊細に描かれたりすると、流れは凡庸でも面白くなる可能性はあります。しかし少なくともこのストーリーを読んで「面白いな」と感じる人はいないでしょう。

 百かゼロかという話ではないので難しいところですが、自分の考えたストーリー上の出来事が反応的ではないか、それが連鎖しすぎではないかということをチェックしてみるとよいと思います。

[尾崎将也 公式ブログ 2019年2月14日]

主人公はドラマの要

Dec 16, 2018

CATEGORY : 脚本

 先日ツイッターで「主人公」について書きました。この機会に主人公についてもう少し詳しく書いておこうと思います。

 主人公はドラマにおいて非常に重要な存在、というより主人公無しにドラマは存在することが出来ません。脚本の勉強を始めたばかりの人は当然そんなことは知りません。早いうちに主人公とは何かという認識をきちんと持つことが必要です。そうしないといつまでも形にならないものを書き続けることになります。

 主人公とは主体的に意思を持って行動し、そのドラマを動かして行く人です。ドラマには対立・葛藤が必要です(なぜ「対立・葛藤」が必要なの?という疑問が沸くかもしれませんが、それはまた別の機会に)。主人公は行動することで対立や葛藤に直面し、悩んだり苦しんだりします。その結果新たな行動を起こすことで、ストーリーを動かして行きます。ですから主人公はそのドラマの中で一番悩んだり苦しんだりします。
 「意思を持って」「行動し」「そのことで対立・葛藤に直面し」「悩んだり苦しんだりする」「そのことでストーリーを動かして行く」などが主人公の条件と言えます。

 教室で初心者のプロットや脚本を読んで、「この作品の主人公は誰?」と聞くと、色々な答えが返って来ます。
 よくいるのが「この人と、この人が主人公です」と主人公が複数いると答える人。原則として主人公は一人です。その主人公の行動を軸に作って行くので一本のストーリーが出来るのです。まれに映画やテレビドラマで、二人以上の人物を平行して描き、誰が主人公かはっきりさせないものがありますが、あくまで例外的なものです。まずは基本から学ぶようにしましょう。

 また「主人公はこの人です」と作者は答えるものの、僕が読むと別の人物が主人公ではないかと思える場合も多いです。つまりストーリーと主人公が食い違っているのです。これではちゃんとしたドラマは出来ません。
 この「ストーリーと主人公が食い違っている問題」について少し詳しく考えてみましょう。例えば人物Aと人物Bが出会うとします。Bは実は詐欺師で、Aをだまそうとしていますが、Aはそのことを知りません。そして詐欺の計画は進行し、最後にAはだまされたと知る。この話の場合、どちらが主人公になりやすいでしょうか。通常は詐欺師の方が主人公になります。なぜでしょうか。それは詐欺という行為を主体的に意思を持って行い、うまく行かせようと苦心したり、罪悪感に悩んだりするのは詐欺師の方だからです。「被害者だって、だまされたことで悩んだり、金を失って困ったりするじゃないか」と思うかもれませんが、それはだまされたと知った後のことです。詐欺が進行している間は被害者は何も知らず受け身の状態です。
 詐欺の被害者が主人公になるとしたら、ストーリーの早い段階でだまされたと知り、犯人を捕まえようと行動するか、途中で「あの人は自分をだまそうをしているのでは」と疑いを抱き、真相を探ろうと行動するなどの場合です。

 次に主人公について実例を元に考えてみましょう。『ローマの休日』の主人公は、アン王女(オードリー・ヘップバーン)と記者のブラッドレー(グレゴリー・ペック)のどちらでしょうか。教室の生徒にこれを聞くと、面白いくらい間違えて「アン王女」と答えます。しかし正解はブラッドレーです。ブラッドレーは「王女をローマの町を案内してこっそり写真を撮り、それで金儲けしよう」ともくろみ、それを実行します。そしてそれをうまく行かせようと四苦八苦します。またそれをするうちに王女を好きになり、せっかく撮った写真を封印します。それに対して王女は上記の詐欺の被害者と同様に何も知らずにローマの町を案内されています。
 なぜ多くの人が王女が主人公だと思ってしまうかというと、「王女の方が何となく目立っているから」に過ぎません。主人公というのはもっと厳密で論理的なものです。ポスターに大きく顔が写っているから主人公とは限らないのです。

 また「語り部が主人公とは限らない」というのも間違えやすい点です。語り部はストーリーの案内役で、その人がストーリーを動かす主人公とは限りません。例えば『タイタニック』はローズが語り手ですが、主人公はジャックです。
 ただ、ラブストーリーの場合、メインの男女二人でストーリーを作るという性格が強いので、主人公と相手役の重要度の差が少ないことが多いです。ただそれでも「主人公がどちらかわからない」などということはなく、分析すれば必ずどちらかが主人公の役割を果たしているはずです。

 主人公について理解を深めるのに一番いい方法は、既存の映画などを見て主人公は誰かを考えることです。『ロッキー』のような映画はロッキーが主人公だというのが一目瞭然ですが、例えば小津安二郎の『晩春』などは、父と娘のどちらが主人公か考えるとよい勉強になるでしょう。主人公について考えることは同時にドラマやストーリーについて考えることです。上に書いた「どうしてドラマには対立・葛藤が必要なのか?」というようなことも、これらのことを分析する中でわかってくるのではないかと思います。

[尾崎将也 公式ブログ 2018年12月16日]

 

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恋愛ドラマにおけるカセの種類

Sep 15, 2018

CATEGORY : 脚本

 先日教室の授業で恋愛ドラマのカセについての質問が出たのでブログに書いておきます。どんなドラマにもカセが必要です。カセとは人物を阻むハードル、もっと簡単に言うと人物を困らせたり悩ませたりするもののことで、人物の「目的」と対立するものです。恋愛ドラマなら人物の目的は「あの人が好き。あの人と結ばれたい」ということになり、それを邪魔するものがカセです。以下、具体的に恋愛ドラマにおけるカセにどんなものがあるか列挙してみます。

(1)好きな相手が自分のことを好きになってくれない
 「あの人と結ばれたい」という人物を阻む最大のカセがこれだと言えるでしょう。しかしこのカセだけで全体を通す作品は案外少ないです。主人公が相手を追いかけ、相手が拒否するだけでは面白くなりにくいからでしょう。「男はつらいよ」シリーズでは主人公の寅さんは毎回マドンナに失恋しますが、マドンナは寅さんを拒絶するわけではなく、二人の間に心の交流が生まれ、「この二人、ひょっとしたらうまく行くかも?」と思わせる場合が多いです。相手が主人公をずっと拒否し続ける作品では「101回目のプロポーズ」があります。

(2)周囲の状況がカセになる場合
 主人公の男女の気持ち以外の要素がカセになる場合です。典型的なのが「ロミオとジュリエット」で、二人は好き同士なのにお互いの家が敵同士であることがカセになります。その他に「病気」「貧乏」「戦争」「災害」「身分や立場の違い」「差別や偏見」「距離的に離れていること」「すでに別の人と結婚していること」など色々あります。親が「あんな奴との結婚は許さん!」と言うのもこの一種ですが、この場合は親が反対する理由(貧乏とか家柄とか)の方がカセだという考え方も出来ます。

(3)ライバル
 どんなラブストーリーにも大抵ライバルが登場します。ライバルは主人公より優れた部分を持っているのが普通です。ルックスとか金とか学歴とか家柄とか。それがないと主人公にとって脅威にならない(カセにならない)からです。
 ライバルを嫌な性格にするか、いい性格にするかでドラマが大きく変わります。例えばヒロインが嫌な性格のライバルと婚約した場合は、ヒロインがなぜそんな選択をしたのかでヒロインのキャラが変わって来ます。「タイタニック」の場合はヒロインのローズが嫌な金持ち男と婚約したのは自分の家を経済的に助けるためで、本人は全く相手を好きではないという設定です。
 「ライバルがいい人」の典型的な例は「風と共に去りぬ」です。ヒロインのスカーレットが自由奔放なキャラなのに対してライバルのメラニーは良妻賢母的な優しい性格で、「ほとんどの男はメラニーを選ぶだろう」と思えるくらいいい人として描かれています。

(4)お互いの心の中のカセ
 お互いに憎からず思っているのに、自分の気持ちに素直になれなかったり。勇気を出して好きと言えなかったりする場合です。つまりカセは自分の心の中にあるということです。「恋人たちの予感」にはほとんどこのカセしかありません。誰が反対するわけでもなく、強力なライバルがいるわけでもなく、身分や病気が二人を阻むわけでもありません。それでも面白い作品を作ることは出来るのです。現代は昔に比べると、身分や貧乏や親の反対など恋愛のカセになるものが少ないので、この種類のカセの重要度が増していると言えます。僕が脚本を書いた「結婚できない男」は「主人公の性格」が唯一のカセです。

 普通は以上のカセのバリエーションと、その組み合わせでストーリーが作られます。例えば「主人公が仕事のために彼女との約束の場所に行けない」という場合、仕事が忙し過ぎるというのは(2)の外部にあるカセですが、「つい仕事を優先してしまう」というのは(4)の心の中のカセで、それらが組み合わされています。プロはいちいちこのストーリーのカセはこれだなどと考えなくても無意識に複数のカセを組み合わせてストーリーを作ります。初心者は意識的に考える必要があるでしょう。

 携帯電話が普及し始めたとき、「携帯電話のせいで恋愛ドラマは作りにくくなるだろう」と言われました。いつでも気軽に連絡出来ることで恋愛のすれ違いがなくなってしまい、ストーリーが作りにくくなると思われたのです。でもふと気づくと、そんなことは全然気にせずドラマを作っています。今、「スマホのせいで恋愛ドラマが作りにくい」と言う人はいません。どんなに世の中が便利になっても人間にとってのカセは至る所にあり、なくなることはないということだと思います。

[尾崎将也 公式ブログ 2018年9月15日]

 

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プロットの枚数はどうでもいい

Aug 16, 2018

CATEGORY : 脚本

 「プロットを直しているうちにどうしても長くなってしまいます。これでいいのでしょうか」という質問が来ましたので、それに対する回答です。
 結論としては、プロットの長さはどうでもいいです。教室などでプロットを提出するときに「何枚以内」などと規定があるかもしれませんが、別にその枚数が「プロットの正しい長さ」ということではありません。
 大事なのは、プロットの長さよりも出来上がるドラマの時間的な長さです。それは脚本の枚数と比例します。1時間ドラマ(正味45分)の脚本は四百字原稿用紙で60枚程度です。
 通常プロットを書くときは、コンクールに出すのが目的にせよ、教室の課題にせよ、目標とする脚本の長さが決まっているはずです。思いの向くままに書いて、どんな長さになるかは成り行き次第というのは小説ならあるかもしれませんが、脚本の場合は必ず目標とする長さがあるのです。従ってプロットを書く時点で最終的なドラマの長さ(=脚本の長さ)を意識する必要があります。

 プロットが長くなってしまうというときには、二つの可能性があります。
①時間的な長さが長い(1時間もののつもりで書いたのに2時間になってしまうというようなこと)。
②詳細を描き込んだので長くなる。
 長くなる原因はこの二つか、それが混合したものです。この二つは大きく違います。②で長くなることは何の問題もありません。色々考えるうちにディテールを思いついて、それを書き込むことで長くなるというのはあることです。例えば「<A>二人はひょんなことで知り合う」というのを、「<B>二人は道で肩がぶつかり、片方が持っていたものを落として壊してしまう。弁償するのしないのということでモメるうち、お互いが同郷だということがわかり、いつしか打ち解ける」などと具体的な中身を書くというようなことです。<A>より<B>は文字数は長いですが、出来上がったドラマ(脚本)の二人の出会いのシーンの長さが変わるわけではありません。
 <A>のプロットで脚本を書こうとした場合、二人がどうやって出会うかという具体的な中身は脚本の作業の中で考えることになります。それに対してプロットで<B>まで出来ていれば、それを脚本に起こして行く作業になります。どっちにしても考えなければいけないことを、プロットの段階で考えるか脚本の段階で考えるか、という違いでしかありません。これはどちらが正しいということはありません。それぞれやりやすい方でやればいいのです。


 そのことと、①のプロットが長いせいで作品自体が長くなることは全然別のことです。1時間ドラマのコンクールに出そうとしているのに2時間のプロットになってしまったとしたら大きな問題で、これはプロットの段階で解決しなくてはいけません。今回の質問をした人は、自分のプロットが長い原因が①なのか②なのかを見極める必要があるでしょう。


 2時間ドラマのプロットを1時間ドラマにしようというとき、ところどころカットすればいいということはありません。1時間ものと2時間ものでは構造が違うので、そこから考え直さなくてはなりません。ところどころカットしたり書き足したりして長さの問題が解決するのは、僕の経験では1~2割長いか短いかという範囲です。それ以上になると上に書いたように構造の問題になってきます。
 しかし、自分が書いたプロットが脚本にしたときにどのくらいの長さになるかというのは、初心者のうちにはなかなかわからないでしょう。これは何本も書いてみて試行錯誤しながらつかんで行くしかありません。

[尾崎将也 公式ブログ 2018年8月16日]

 

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映画分析の方法・補足

Apr 06, 2018

CATEGORY : 脚本

 拙著『3年でプロになれる脚本術』を読んだ方から、映画を分析してカードを作る方法について質問が来たので、本書に書いたことの補足として、いくつか注意事項を書きます。

 本書では、映画を見るときは一回目はお勉強モードにならずに、普通に観客として見るように、と書きました。その理由は、人を楽しませるものが書けるようになるには、まず自分自身が映画やテレビドラマを楽しんでいることが大切だからです。つまらないと思ったり退屈したりということも逆の意味で大切です。観客として何かを思っていることが必要なのです。
 次に、自分が何を面白いと感じたのか、どこに感動したのかを考える段階に入ります。ここからが分析の作業です。漠然と「なんか面白かったなあ」というだけでなく、
①どこがどう面白かったのか思い出す。
②そこはなぜ面白いのか考える。そして「ここがこうなっている」「こんな工夫があるから面白い」という答えを見つける。
③それを言語化し、紙(カード)に書く。
という作業を繰り返すのです。
 要は①~③の作業をたくさんやればよいので、別にそれ以上のお作法のようなものはありません。よく出来た映画を詳細に分析すれば、20~30枚のカードを書くことが可能でしょうが、別に1枚でも書ければそれでよいのです。また作品全体を見ていなくても、例えばテレビドラマをたまたま途中だけ見たときに何か気付いたことがあれば、それで1枚のカードを作ってもよいのです。

 それとは別にストーリーや構成を学ぶ方法として、映画を見て構成表(逆バコ)を作る方法を書きました。今回の質問は「構成表を作るのは2回目に見るときか3回目に見るときか?」ということですが、別にそんなことはどうでもいいことです。
 構成表を作る作業自体は単純作業です。上に書いたカードを作る方法は、カードに書き込む時点で何かを発見しているはずです。しかし構成表は、それ自体は単に流れを箇条書きに書いただけのもので、書く時点でまだ何もわかっていなくてよいのです。
 問題は、出来た構成表を見て何を読み取れるかということです。まずは「ここで主人公が登場している」「ここで主人公が事件に巻き込まれている」「ここで話が大きく転換している」など表面から読み取りやすいことを読み取って行きましょう。
 次に「三幕に分けるとすればどこか?」「クライマックスはどこか?」「ミッドポイントがあるとすればどこだろう」など深い部分に入って行きます。この段階のことをやるには、そもそも「三幕構成とは何か」「クライマックスとは、ミッドポイントとは何か」というようなことがわかっている必要があります。わからなければわからないなりに「どうも自分はまだよくわかっていないようだ」と思えばよいのです。何も思わないよりは意味があります。

 カード作りにせよ、構成表から読み取る作業にせよ、作品を何度も見て考えることを繰り返せば、見方は深まって行くはずです。だから「何回目に見るときにこの作業をやるべき」というようなことはないのです。繰り返し見ながらやって行けば、前に見たときにわかっていなかったことに気付くことがあるでしょう。
 「そんなに一本の作品の分析に手間をかけるのか?」「どのくらいで別の作品に移ればいいの?」という疑問が沸くかもしれませんが、特に決まりはありません。飽きたら別の作品に移るでもいいし、「一本の作品を深めるより多くの作品にトライしたい」と思うのであればそれでもいいと思います。上にも書いたように、チラリと見ただけの作品からひとつだけでも学ぶことがあれば儲けものなのです。この勉強法は、何かをクリアして次に進むものではなく、たくさん積み重ねた先に何かが見えてくるという性質のものです。本書に書いたやり方は、「これが正しいやり方なのでそれを守ってやるべき」などということは全くありません。自分でやるうちに「こっちの方がやりやすい」とか「この方が効果がありそうだ」と思えば、変更してよいのです。
 ここに書いた方法に限らず脚本の勉強は、長期間かけて少しづつ積み上げていくものです。短期的なことなら「頑張って」やることが出来ますが、長期的なことを頑張り続けるのは難しいです。頑張らずに、日常的に、ごく普通のこととして楽しんでやることが長続きする秘訣です。

[尾崎将也 公式ブログ 2018年4月6日]

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