映画の中の「増幅テクニック」の実例
前回、脚本を面白くするテクニックのひとつ「増幅」について書いたところ、かなりの反響があったので、今回はその実例をいくつか紹介します。これらは、僕が映画を分析していて、「面白いな」と思ったところを「なぜ面白いのだろう」と考えた結果、「こういう増幅が行われているから面白いのだ」と気づいたところです。
[例1]
[作品]『昼下がりの情事』(ビリー・ワイルダー監督 57年)
[描写]ヒロインのアリアーヌ(オードリー・ヘップバーン)は男・フラナガン(ゲイリー・クーパー)と会って、彼のプレイボーイぶりに腹を立てる。翌日アリアーヌはフラナガンを非難する手紙を書く。しかし書き終わった手紙を火にくべて燃やしてしまう。
[解説]非難の手紙を書くものの燃やしてしまうことで、彼女が男にひかれていることを表現しています。例えば日記に「私、あの人にひかれてるみたい」と書く描写では単なる説明にしかなりませんが、「非難の手紙を書くが、燃やす」と一旦逆に振ることで「ああ、このあと恋に落ちて行くんだろうな」という感じがしみじみと伝わります。野球でバットを振るとき、一度逆方向に振りかぶってスイングすることで打球が遠くに飛ぶのとメカニズムは似ています。
[例2]
[作品]『アパートの鍵貸します』(ビリー・ワイルダー監督 60年)
[描写]主人公バクスター(ジャック・レモン)が落ち込んでバーで飲んでいると、おりしもクリスマスで、サンタクロースの恰好をした男が騒いでいる。
[解説]落ち込んだ主人公と同時に浮かれている人を存在させてコントラストをつけることで、主人公のやるせない気持ちを増幅する表現です。これは割とよく使われる手法です。『酔いどれ天使』(黒澤明監督 48年)で、主人公のヤクザ松永(三船敏郎)がうちひしがれた気持ちで街を歩いているとスピーカーから明るいカッコーワルツが流れてくるシーンなどもそうです。
[例3]
[作品]『刑事ジョン・ブック 目撃者』(ピーター・ウィアー監督 85年)
[描写]主人公の刑事ジョン・ブック(ハリソン・フォード)が敵に撃たれて怪我をして、アーミッシュの村に住む未亡人レイチェル(ケリー・マクギリス)の家に匿われる。レイチェルは危険だからとジョンの拳銃を預かる。ジョンが「銃を出してくれ」と言うと、レイチェルは小麦粉の中から粉まみれの銃を出す。
[解説]この作品は刑事ものであると同時にジョンとレイチェルのラブストーリーでもあります。荒っぽい世界に生きているジョンと平和的な暮らしをしているレイチェルの違いが、銃という暴力の象徴のようなものと小麦粉という生活を象徴するものをぶつけることで表現されています。銃が粉まみれになっていることで、ジョンがレイチェルに歩み寄って行く感じもわかります。そしてこれは不思議なことですが、このシーンを見ると、この二人がこれから恋に落ちるだろうということも感じられるのです。単に戸棚に仕舞ってある銃を出すだけでは、これらのことはほとんど表現されないのではないでしょうか。
[例4]
[作品]『ロッキー』(ジョン・G・アヴィルドセン監督 76年)
[描写]落ちぶれた暮らしをしていたボクサーのロッキー(シルヴェスター・スタローン)は、チャンピオンと試合をすることになる。彼に冷たく当たっていたミッキー(バージェス・メレディス)がトレーナーをやらせてくれと言ってくると、ロッキーは「今さらなんだ」と怒りをぶちまけて追い返す。しかし少ししてロッキーは肩を落として帰って行くミッキーを外に追いかけて行き、トレーナーになってくれと言って握手する。
[解説]自分に冷たくしていた男に「今さら何だ」と怒るのは当然として、このシーンでは、その会話の中でロッキーが考えを変えてトレーナーを頼むのではなく、一度は拒絶して追い返すものの、少しして思い直して外に追いかけて行くことで感動的なシーンになっています。ここでのロッキーの怒りは非常に激しく、とても同じ会話の中で考えを変える雰囲気ではありません。一度追い返してから、それでも追いかけて行くことでロッキーの優しさがしみじみと伝わります。振り幅を大きくすることで深みや感動が加わっているのです。
これらの例を見ると、二つの要素を同時に見せるか、前後に並べることで増幅の効果が出ることが多いようです。当然のことながら、増幅するには、まず「何を」増幅するか、ドラマの中でこれは増幅すべきものだという考えがなくてはなりません。
[告知です]
映画「世界は今日から君のもの」
監督・脚本:尾崎将也 / 音楽・川井憲次 / 主題歌・藤原さくら「1995」
出演:門脇麦 三浦貴大 比留川游 マキタスポーツ YOUほか
渋谷シネパレスほかで上映中
※8月6日(日)、テアトル梅田で僕の舞台挨拶を開催します。詳しくは劇場公式サイトで。
予告編
[尾崎将也 公式ブログ 2017年8月2日]