書籍「3年でプロになれる脚本術」の「はじめに」を掲載します
※出版社の了解を得ましたので、「3年でプロになれる脚本術」の「はじめに」を掲載します。購入を検討されている方は参考にしてください。
自転車に乗れる人が、乗れない人に自転車に乗る方法を教えるのはとても難しいことです。乗れる人は、自転車にまたがって前に進もうと思ってペダルを漕ぐだけで済みます。すでにその人の中で自転車に乗るということが無意識化されてしまっているからです。その状態をいざ言葉にして説明しろと言われても、すごく難しいことです。
あるいは、人が自転車に乗っている状態を機械で計測して、「ペダルに体重を何%かけている」「身体を何度傾けている」というふうに数値化したとします。そのデータを自転車に乗れない人に提供すれば、乗れるようになるでしょうか。もちろんなりません。そんなデータは結果に過ぎません。自転車に乗っている人は「身体を何度傾けて」などということを意識してやっているわけではないのです。
なぜこんな例え話をしているかというと、脚本の書き方を人に教えるときに、これらとよく似た問題が起こるからです。
そもそも、脚本を人に教えることは可能なのでしょうか。その答えは半分イエスで半分ノーというところでしょうか。「登場人物がいてストーリーらしきものがあって、決められた枚数の中で一定の内容が描かれ、それを読めば何が書いてあるかは理解出来る」という、脚本の形をしたものを書けるようになることを仮に「第一段階」とします。ここまでは教えることが出来るし、学ぶ方も比較的容易に修得が可能です。しかしこの第一段階まで出来るようになったとしてもプロにはなれません。問題はそこから先の「第二段階」です。プロの脚本家になるには、読む人に「面白い」と思わせ、引き込み、感動させ、共感させるような作品が書けるようになることが必要です。それが難しいのです。教えることも難しいし、学ぶ方も難しい。
僕は脚本の教室で十年以上教えていますが、世の中に色々な学校や教室がある中で、脚本の教室ほどプロを輩出することが難しいところはないのではないかと思います。それは教室の教え方がまずいからではなく、生徒が不真面目だからでもありません。それだけ脚本を修得するのが難しく、困難な道だということです。プロの脚本家がF1ドライバーだとすると、さっき言った第一段階はせいぜい運転免許が取れたくらいの位置でしょう。運転免許を取ってからF1ドライバーになるまでは、相当な距離があります。脚本を学ぶ人は、その距離を踏破しなければいけないのです。
この本は、2013年から書いていたブログ(http://ozakimasaya.jp/blog/)に大幅に加筆し、再構成したものです。このブログは、教室で生徒に教えたり自分がプロとして仕事する中で、その都度思いついたことを気軽に書いたものです。脚本の書き方や勉強法を体系的に書いたものではありません。ブログを読んだ仕事関係の人からは「あれを本にしたら?」と何度か言われたのですが、あまりそういう気になれませんでした。他にも脚本の書き方を書いた本はたくさん出ているし、どの本もそれなりにちゃんとしたことを書いているし、自分のブログをまとめたからと言って、それらの本を超えるものになりそうな気がしなかったのです。
しかしその一方で、世に出ている脚本指南の本を読んで不満に思うこともあります。正しいことが書かれている割には、これらを読んで脚本が書けるようになる感じがあまりしないということです。それはなぜなのだろうと考えるうち、あることに気づきました。それはこういうことです。自転車の構造をいくら説明されても自転車に乗れるようにはなりません。またさっき書いたように、自転車に乗っている人が身体を何度傾けているというようなデータをいくら聞いても自転車には乗れません。にもかかわらず多くの脚本指南の本は、自転車の構造や、自転車に乗っている状態をデータ化したものを書いているに過ぎないのではないか? そんな気がしたのです(ただしこれは百かゼロかという話ではありません。脚本の書き方は、自転車の構造の話と自転車に乗る方法ほど単純に分離が出来ないところにも厄介さがあります)。
従って、今回正式にブログを本にしないかというお話をいただいたとき、目指すべことは明らかでした。自転車の構造説明や、自転車に乗っている人のデータに当たるようなことを書くだけでなく、本当に脚本を書けるようになる方法や具体的な勉強法を書いた本に出来るかどうかということです。それが出来れば、脚本に限らずクリエイティブ全般、さらには人生において何かの目標を達成しようとするときにも役立つような本になるのではないかと思いました。
以上のようなことから、本書では先に述べた「第一段階」のことはあまり書きません。その点について書いた本はたくさん出ていますので、そちらを読んでください。
脚本を書く仕事は実に楽しい仕事です。好きなことをしてお金を貰える、まさに趣味と仕事の一致です。この本を読んで、一歩でもこの世界に近づける人が出て来ることを願っています。
[尾崎将也 公式ブログ 2016年12月16日]