先生に言われたふたつの言葉
僕は日本脚本家連盟ライターズスクールの講師をしています。そして僕自身この教室の出身者です。今回は自分の生徒時代のことを書いてみます。
この教室では最初の半年の本科の後、研修科というコースがあり、誰か一人の講師の元で作品を書いて行きます。僕は田上雄先生のクラスにいました。僕がフジテレビ・ヤングシナリオ大賞を受賞した作品も、研修科で先生に見てもらった上で応募したものです。この研修科の間、田上先生から言われたことで、尾崎将也という脚本家が生れる上で大きな意味があったことが二つあります。
まずひとつめ。僕は自分が人生経験の少ない人間だと自覚していました。平凡なサラリーマン家庭で育ち、脚本の題材になるような特殊な経験など何もありません。そんな人間が脚本家になれるのだろうか。そんな不安がありました。あるときそのことを田上先生に話したところ、答えはこうでした。「悩んでもしょうがないことを悩んでも無駄。これから出来ることをしろ」確かにその通りです。人生経験があるかどうかは、過去のことであり、今から変えることは出来ません。自分に出来ることは、これから勉強をして行くということです。そこで僕は、面白い映画を見てテクニックを分析することを徹底的にやって行きました。これがプロになる上で大きな力になりました。
そしてふたつ目。僕は大学では日本文学科で学び、近代の古典的な名作はかなり読んでいましたが、エンタテインメント系の小説はあまり読んでいませんでした。あるとき先生に言われたのは「これからはミステリーをたくさん読め」ということでした。ドラマにせよ映画にせよ一般大衆を相手にするものであり、人々を楽しませるエイタテインメント性というものを学ぶ上でミステリーを読むことは大切だというのです。そこで僕は「ミステリー名作百選」のような本に載っている基本的な名作を片っ端から読んで行きました。これがやはりブロとして脚本を書く上で大きな力になっていると思います。
当時、田上先生のクラスには浅野妙子さんが在籍しており、一緒に学びました。田上クラスからは、浅野妙子、尾崎将也と朝ドラを書く脚本家が二人輩出されたわけです。
今、講師をしていて、自分が田上先生から受けたのと同じような影響を自分の生徒に対して与えることが出来ているかというと甚だ心許ないのが正直なところです。その一方で、自分は先生に言われたことを確実に実行したからプロになれたという自負がありますが、自分の生徒がそれくらいの努力をしているかというと、やや疑問です。